涙いい加減に私の目から出てほしい

 私は恵と仲良くなりたいと思っている、私は恵に話しかける、恵はいつも答えない。

 

 そこで晴香が現れる、晴香は私のことが嫌いだ、彼女は自分より少しでも優れているところがある人間のことが認められない人間である。そして私は彼女より、ずっと勉強ができる。私はそのことをあまり人前でひけらかそうとしない人間なので、彼女はそれが気に食わないらしい。彼女は例えばテストで9割の点数を取ったなら、自分が他の人と比べてどのくらい優秀であったかを確認する。私は、9割の点数を取ったら、なぜ1割を落としたのか、自己嫌悪に歯噛みしながら考え込む。お分かりいただけるだろうか?彼女は集団の中で自分の価値を見出していく。そして私は彼女に喰われた。この"喰われた" が何を意味しているのかはあなたたちに自由に当てはめてもらいたい。実例に基づいた解答例は用意してありますが、正解はありません。

 私の人生においてこの晴香という人間はとても大きなものだ。津波に自宅をぶち壊された人間が地震を怖がるように、一度人生が予期せぬタイミングで、自分の意志では動かしようもなく変わりうるものだというものを知らしめたのである。たとえナイフで刺されたとか、机に花瓶を置かれたとか、通学かばんを捨てられたとか、そんなことが起こらなくても、人間にとって死ぬまではいかなくともこの先生きていくのが著しく困難になるような障害を与えることができるのである。そして人生において死が最大の苦痛ではなく、生きることが最大の苦痛である。私に与えられた役目は死ぬまで生きることなので、生きることが困難になれば多分自然に電車に飛び込むとかお腹に包丁を刺して一文字に引き裂くなどして死ぬ。死ぬという行動に踏み切る力が働かないというときはまだ生きていられるということなので、そのときはおとなしく苦痛に耐える。猫を見習え、やつらは死ぬまで生きている。結局のところ私は自分の人生に生きがいとか価値を見出せないんだけど、まあいいよね。注意してほしいのがこの生きがいは、生きる意味とか人類の存在価値とかそういうことではなくて、あくまで私個人にとっての生きがいです。ほかの人がやってることに意味が感じられないということではないです。皆は白米美味しいっていってるけど私はおいしいと思わない、そんな感じ。

 

 この世において人は人に喰われるのです。弱い者は淘汰されなくとも、自分というものを失うのです。人は知らずに人に喰われているのです。そして弱い者は自分が奪われたものに、後から気づくのです。ごめんねお母さん、でもこれは私が自分で気づかなきゃいけないことだった。