3日間くらい洗濯物干しっぱなし

 悶々としている。

 あれもしたいこれもできるようになりたい、あれが欲しいこれが欲しい全部欲しい。欲望と裏腹に行動を起こせなくて、やることといえばひたすら寝るか、その合間に食べるかしている。中学生くらいの頃からずっとストレス溜まると甘いものに走るのは続いてるんだけど、それが明らかに過食になるときとまぁタバコ吸うみたいな嗜好品の程度で収まるときがあって、今は過食寄り。とにかく起きてる時は何か口にしてないと不安が収まらない。何が不安かというと、過去と現在と将来それぞれが不安因子となって四方八方からのしかかってきている。

 ほら、SNSっていろんな情報を連れてくるでしょう。比較的近くにいる友人のことから、遠くに行った同級生とか、会ったこともない他人のことまで詳細を運んでくる。ネットに上げる個人の情報は大体自分が選んで上げてるステータスが多いから、何をしただの何をしてるだの、皆何かしらの達成をしてる、その情報の連続が辛い。なんなんだ。自分の手の届く範囲を生きやすくしようとして生きることの何が悪いんだ。なんでそんなにいちいちどっか行ったり何か食べたりしなきゃいけないんだ。何もしてなくて何が悪い?もう一度今度は自分に問う、何もしてなくて何が悪い? 何かしてると思ってるそとだって、大体は100年後には残らないような何かで、誰かの記憶にすら、たまにふとよぎる、あるいはもう全くよぎらないような何かであって、そんなものにいちいち引っかかって心をかき回されているようでは、甘い。

 生きることがどんどん肉体を離れていく、それが辛い。本当は北海道あたりで農業しながら定住しているのが一番精神的に落ち着くような気がする。落ち着かない。精神的なホームがないから、どこにいても何をしていても落ち着かない。ここのところ涙が出なくて、それはこの悲しみに慣れてしまったということで、面の皮厚く生きていくなら死んだ方がましだ、私は死ぬに違いないと布団の中で胸を固くしていた実家時代の私に申し訳ない。きっとこんな悶えも朝になったらパッとどっかに消えて、そして夜にまた戻ってくるのだろう。怖い話でよく夜になると足音が聞こえるとか、女の人のすすり泣きが聞こえるとか、そういう精神的なゆらぎを上手く物語化したというか、幽霊を持ち出すことで精神世界の話をうまいこと現実と同じ土俵に持ってきたというか、そんな気がする。そう考えるとホラーって面白いのかもしれない。胸部がどこからくるのか、、、、、、

 こういうあることないこと考えてるときが一番落ち着くな。金にならないけど。書くことはいつも私の味方だ。ありがとう。