逃げる、逃げる

 引っ越しの準備が、進んでいない。これはまずい。いやまずいも何も、期日になったら業者はやってくるし、トラック借りる形式じゃなくてほかの人の荷物も一緒に積み込むやつだから、遅れは許されない。まずい。夏休みの宿題が終わらない、9月1日を過ぎても終わらない学校に行かない、それを引きずっている。お前はまだそれを繰り返すのか。愚か者め、愚か者め……

 夜なかなか寝付けない。布団に入って首の一番上まで軽すぎて抱擁感のないタオルケットを引っ張り上げて、チコリータを抱きしめる。さあ寝よう、と思って目を閉じると途端に不安が湧き上がってくる。今の状況って何なのだろう、高校の同級生は皆きちんと高3の時点で自分の進路を選択してきっと不満もありながらも一本の道を開拓している。私みたいに途中でここはなんか違うなと思って放り投げて地面をめちゃくちゃに掘り返すことなどしていない。人生に正しい道などないと分かっている。でも世の中が皆私みたいに根気がないのに妙に意志強固な人間ばかりだったら社会はまともに機能しないんだぞ。一体何がしたいんだ。やっていることは亡霊に近いのかもしれない、未練を引きずって辺りを徘徊している。そして世の中には一定多数、そういう人間がいる。皆が皆自分が思った通りの生き方ができているわけじゃない。諦めるか、諦めないか、どちらにせよ選ぶのは自分なんだから、しっかり腹をくくって答えを出したらいいんじゃないのか?ねえ、どうなの?物事は単純じゃない、見えないだけで皆不安はある。他人がよく見えるかもしれない、そう、他人はいつだってよく見える。友達がそれぞれ自分が決めた道で頑張っているなら、お前も自分が決めた道を行けばいいじゃないか。たとえそれが理解されなくても、それが何なんだ。自分が楽しいか、それをやりたいか、あなたにとってはそれが大事なんでしょう。それを得るためにこんなにあがいてきたんでしょう。ならそれをつかみなさい。つかみとれるまで一生あがきなさい。逃げている限りそれは追いかけ続けてくる、夢の中まで。私はまだ逃げている。暗い夜に、狭い場所で。走れど果てはないし、夜はまだ明けそうにない。

 全身が灰色がかった薄緑でドロドロしていて、黒い髪は縄みたいにごわごわして長くて、3メートルくらいある女の化け物がいた。地元の駅の真ん中の広場から下の階に向かって糞尿とゲロが混じった化け物と同じ肌の色の流動体を滝のように垂れ流していた。皆それを気味悪がってみていて、そうしたら突然それが動き出す、皆は半狂乱になって四方に逃げる、でも化け物は勢いよく飛び上がってすぐ横に現れる。私は逃げながら、ほかの人が盾になってくれないかなと思った。

 実家の周り、おばあちゃんちの周り、この間は学校、そんなふうに自分がもともといた場所で、何かに追いかけられて、でもある一定の場所まで逃げるとそこから先に全然進めなくてぐるぐる回る、そういう夢は定期的に見る。

 夢に縛られている。産まれたところに対する不信、この不信はきっと一生かけて探求していくことなのだろうと思う。別に嫌いじゃないし大切な人とも何人も出会えたし、それなのに、どうしてだろう。