まだ現われていない階層があるたぶん

 昨日は七時半ごろかな、バイトから帰ってきて昨日の余り物の回鍋肉と白いご飯を食べて、そのあとまだお腹がすいていたので甘いものをバクバクっと食べた。そのあと急激な眠気に襲われて、八時半ごろ着替えも歯磨きもお風呂もほっぽって布団にもぐりこんだ。それからはいったん11時半ごろ目が覚めて、喉がぱっさぱさだったので布団脇に転がっていたタンブラーのコーン茶を飲んで電気を消して、次に起きたのは朝の五時半だった。

 やっぱり私よく寝ないと駄目みたいだ。睡眠不足が続くと脳が妙に糖分(特にチョコ)をくれくれうるさいし、体はねむいねむいってオギャオギャうるさい。このうるささは、ヨッシーアイランドで赤ちゃんのマリオがヨッシーから離れて浮遊しているときの、

「アアアァ~ン!!!!!!!!アアアア~ン!!!!!!!!!!!!!」

って叫び声にそっくりでとても耐えがたい。つまりは無理をするなっていうことなんだろうけれど、生活は毎日続くし、死ぬまで生きなければいけないので、どうしたって無理が続く日は出てくる。仕方ないよね、分かってほしい。こんな感じで自分の中にインナーチャイルドを抱えて生きているので、誰かと付き合うとか、ましてや自分の子供を持つとか、手に余る。そもそも想像に余る。いや千手観音みたいに手がいくつあったって体は一つなので無理です。ひいいいいいいいい。世の中の人間は付き合うとか仕事とかそして結婚さらに出産とこれを順当に成長に合わせて難なくクリアしているわけで、人生常にスーパーサイヤ人状態かよ・・・と恐れ入ってしまう。

 今働いている本屋には子育てしながら17時まで働いている女の社員さんがいる。まあここまではありふれていると思うんだけれど、もう長年勤めていて(たぶん15年以上だと思う)出版社の営業さんたちからもこのジャンルの本担当といえば、○○さんって信頼の定位置にいる。本屋の店員なんて長年勤めてやっと一人前、って感じてバイトなんて雑用以外役に立たないから、長年のベテラン書店員ってすごく大切なのだ。(一見さんお断り、よろしく一年さんお断り、みたいな。京都にはそういう職場がたくさんあると思う。神社もそう感じた。)だけど、定時上がりだから、夜までいて店の管理業務ができないから、管理職にはなれない。それってひどくない?あ、子育てする女性の社会進出が難しいって、こういうことか・・・。働けない、っていうことではなくて、どんなに頑張り続けてもある一定以上から上へは行けない、給料は上がらない、っていうことなのか。

 このあいだ管理部の人がきて、人件費削減の話になって、昼過ぎで上がる主婦の人を置いとくのはどうなの??って話しているのが聞こえた。店長が、「長年いてくれているし、この人に会いに来てくれるお客さんもいるから」ってきちんと突き返していて、あっ素敵だなあって思った。店長はめちゃくちゃぶっきらぼうなんだけれど、地域の人とか長年の付き合いの人をかなり大切にしている。だから他の書店にはない、直接個人と取引して仕入れている商品が割とある。お客さんにはそういう書籍目当ての人が時々いる。ただ書店自体が大手だから、それを目当てとしていないお客さんもたくさん来て、そっちの需要というか欲求にはこたえられていないとは思う。数でいえばそういうふらっとくるお客さんが9割だから、やっぱりカフェ併設型の書店とか、独立店舗じゃない店には負ける。ニッチな欲求だけにこたえていくには店の規模がでかすぎる。だから人件費の削減に行きつくんだろうけれど、そうすると残った社員の仕事が増えて、売り場作りとか店頭接客に時間がさけないからどうしても店の雰囲気自体がパッとしなくなる。そうすると客はてきめんに離れる。こういう店舗にどばっと資本を注げるほど会社は余裕がない。

 そもそも上に書いた管理部の人が、ブックカバーを置いたらどうかみたいな提案をしていて、アホなんじゃないかと思った。現場を知っているつもりで実は全く見えていない。管理職の手腕の力のなさが下につくものに及ぼす影響の怖さを感じた。いやいや彼らも若かりし頃は現場でバンバン働いていたんだろうけれど、本って情報の塊だから、常に今の店の様子を知っていないと役に立たない。立地によって客層も買う人がどういう種類の本をよく買うのか全く違うだろうし。客に何かを買わせることしか考えていなくて、目新しいものを置いて一時的に売り上げを伸ばすことと、お客さんが満足して次もまた来てくれることは違う。これはもう全く異なる。ネット購入と、書店の違いはもはやそこに人がいるかどうかしかないんじゃないかと思う。正直本の量と、流通の速さは圧倒的にネットのが客の要望に応えている。接客はもちろん、ネットのサジェスチョンと人が作り出す売り場は違う。店員が売り場づくりにさける時間を作ってあげるのが管理部の仕事だと思うんだけどなあ。