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一が二になる

 不思議な縁がよくある。縁自体が不思議なものだから、不思議な縁という言い方はおかしいのかもしれない。頭痛が痛いみたいな。明らかにこれは縁としか言いようのない巡り合わせがよくある。そういうものの影響を強く受けながら生きていくタイプの人間なのかもしれない。 

 あまりこういうことを、運命だとか神様がすべてを見ていてくれているとか人が歩む道は初めから定められているとかと表現するのは好きじゃない。定義するより個々の事情を独立して語るべきだと思う。ユングが心理学者としてはあまり一般に受け入れられていないのはこういうことを心理学に持ち込んでしまったからで、でもユング本人はそれをわざわざ心理分析に持ち込んだのだと思う。心理学はあくまで科学として扱われる。人文学的な視点から見たら疑問は起きないことでも、それを心理学の場で適用しようとしたら、たちまち弾かれる。そこをうまく扱える人がいないから心理学はまだまだ興味があるけれど心理学の場には限界を感じてしまった。科学って実証で、人間も実証で、それでいいと思うんだけれど。人間の治療を科学的に実証しようとしたらMRIとか脳の血液量が必要になってきて、そうしたら投薬するしかなくない?

 

 本屋のスピリチュアルや精神世界のコーナーには、そういうものに囚われて明らかに自分で考えることをやめてしまったであろう人がよくいる。大体服装が自分の年齢に不相応だ。子供のお古を着ているのかと疑うような薄汚れたパステルの色の服を着ている。フリルとかリボンとかがついている。あと周りが見えていない。使い古したトートバッグとビニールの袋とかを床に無造作に置いたり、後ろを人が通る狭い道なのに座り込んでカードを広げたりする。占いのカードの見本はよくなくなる。単価が高くて、三千円くらいするから盗まれる。

 あと人気なのは、災害はすべてアメリカが仕組んでいる!とか、宇宙に聞いた予言!とかそういう都市伝説系の本で、これは50代60代の人が本当によく読む。え、あなた、長い間生きてきてたどり着いた結論がそれなんですか、と思うと怖くなる。見た目は穏やかできちんと働いていそうなスーツのおじさまが嫌韓系の本を大量に買っていくこともある。時々官能小説を一緒に買っていくこともある。会話したことがあるけれど、穏やかで優しい人だった。変態はいる、と思う。本屋は棚によって人の種類が変わるから面白い。他にもどの場所にどんな人がいるかの話はあるけれど、永遠続くからやめる。

 毎日担当の部類の本でも20冊以上は新刊が来る。そして古い本は返品される。思想って永久不変かと思っていたけど、ゴミになるんだな。一冊の本にはその人が人生の時間を費やしてできている。時間を費やすということは命を削ることで、だから本は命を分けたものであると思うんだけど、それすら売れなければ世から消える。せつない。ある人が命を削って書いた本を他の誰かが自分の時間をかけて読む。不思議なやり取りだ。