あのここんなこなのよ

 2年ぶりか3年ぶりかに、生まれてから17歳まで住んだ家に行った。帰ったといってもいいけれど、部屋から生活感が消え失せていて、ちょっとビジネスホテルのような気がした。今はそこには父しか住んでいなくて、父はそこを必要最低限の生活をこなすだけの場所として使っているようだった。睡眠、トイレ、シャワー。洗濯。湯船にはめったに浸からなくて、年に1、2回らしい。

 私の個人的スペースといえば勉強机とその近辺、だったのだけれど、私物はほとんど処分されていた。いくつかの本と問題集だけが、机の本棚に静かにしまわれていた。つらい時を一緒に乗り切ってきた本だから、持って帰ってもよかったのだけれど、そのままにしておいた。本が私の身代わりとなって静かに死んでいた。 

 マンションというよりも集合住宅といった方がふさわしいこの9階建ての建物の505号室も、3月には完全に出ていくらしい。さよなら、私の家。家族はそれぞれ生きていても、帰る家庭はなくなってしまう。離婚なんていまや珍しくもなんともないけれど、それで離婚が人に及ぼす影響が変わるわけではないのだと思った。孤独だってそうだ。いくらぼっちが恥ずかしくないという風潮ができても、ひとりの寂しさは変わらない。

 階段の踊り場で放尿する人がいるらしい。人々の目が防犯になりますという張り紙がエレベーターに貼られていた。そんな奴見たくない。見られてやめるんだったら集合住宅の階段で排泄するわけがない。一つ上の階から飛び降り自殺した人がいた。やってきた救急車に、母親やお隣さんたちが高揚していたのを覚えている。昔まつうらという、たぶん二十歳前後の変質者がいて、他人の家の玄関の前にうんこをしたり、小さい男の子にパンツみせてと声をかけたりしていた。よく猫が住宅前の道路で車にはねられて、歩道に死体が寄せられていた。視界に入れたら呪われそうだから、見たい気持ちを我慢して息を止めて通り過ぎた。住宅の目の前には深くて大きい川が流れていて、たぶんそれも地域のじっとりした雰囲気に影響していた。 

 柏に住んでいた時も、関西に来てからもこういう経験をしたことはない。まったく、難易度低めのスラム街みたいなところに住んでいたんだな。