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201701050017

 特にここ一年は脳の思考回路の一部をパチッと切ってきた。

 考えないようにすることは簡単で、でも大抵の物事がそうであるように、一つの出来事が予想だにしない結果をいくつも連れてくる。本が読めなくなった、物が書けなくなった、理系科目の問題集なんて開くだけで頭に鈍痛がする。絵が好きになった、音楽が必要になった。 

 ナディアというイギリスの天才的に絵が上手かった少女は、8歳になって言語を教えられ始めると、その後全く絵が描けなくなったらしい。

 多重人格者の中には、個々の人格が独立しているときは、それぞれの個性が際立っていることがある。人格Aは数学が飛びぬけてできる、人格Bは絵が上手い、人格Cはかなりよくしゃべる…といったように。しかし人格が一つに統合するにつれ、その特性が消えてしまうらしい。面白いね。人から聞いた話だから嘘か本当かわからないけど。 

 幽霊の見える見えないってこういうことと関係があるんじゃないかと思う。

 post-truthって、人々が事実に裏づけられた真実より、自分が信じたいもの信じることの政治的用語みたいなんだけど、すごく面白い。事実が事実であったところでそれはほんの一部だということ。科学的な実証や予測はデータとしては事実だけど、現実はもっともっとあらゆる物事が出たり入ったり飛び込んだり消えたりしている。ならば自分が信じたい物事を信じるしかないではないか。ただそれを政治に持ち込むのは、というかそれが政治まで侵食してきたからこうして用語になるんだろうけど。

 神や仏や迷信や伝説や血筋が力をなくした後で、宗教でも科学でもない、それに代わる新しい何かを探している。

 科学と宗教の融合、科学と宗教の融合。それを成し遂げたとき、人間は新しい局面を迎えるのだろうか。それとも人間の肉体はそれに耐えられずに死ぬのだろうか。あるいはそれを拒否するのだろうか。