何が何だかもう分からない。10歳くらいの頃から始まって、12歳で完全に足元を取られて、結局今もまだ抜け出せていない、おそらく。アイス買いに外に出て運良く雨が上がっていたからチャリで行く、交互にペダルを踏む、半袖の腕に夜の冷気と雨の湿気が触れて気持ちいい。生垣に挟まれた狭い道を抜ける時、雨をしっかり浴びた草をくぐったからズボンがびっしょり濡れて気持ち悪い。夜は人がまばら、大通りもバイト帰りの同い年ぐらいの女の子とサラリーマンがちらほらいるだけ。ここは女の子の住む区だな。ほんとうにおじいちゃんおばあちゃんと学生が多い。東山区は地味な区。頭の中でDon't leave me high,Don't leave me dry ってメロディがずっと鳴り続けている。体に触れるもの、目に見えるものしか確かに思えない。今、ここ、今この瞬間しか私にはないように思える。それしか私は信じないぞと思う。生きてるってなんだ?人は生きているのではなく生かされている、じゃあなんでみんなが幸せになれないの?私は幸せになりたい、でも同時にその幸せが壊れる瞬間のことを思うと、幸せになるのが怖い。人は皆去る。もうこれ以上悲しいことは嫌だ、私から奪わないで。何も感じられない、楽しいことはあるけどいつも怖い。Don't leave me high,Don't leave me dry これって日本語だとなんて訳せばしっくりくるだろう、直接的な表現だけどかなり詩的でもあるから、難しい。高いところに置いていかないで、乾いたところに置いていかないで、 じゃあまりに元の歌詞の、と置いていかれた人間がしぼり出した哀切な感じが出ない。 パソコンが重くて動かないからスマホでぽちぽち打っている、疲れる。思考が飛んでいるから文章も飛ぶ、でもそれが実際なんだから仕方なく書き記す。生き続けていたら何かしら分かると信じている、でも本当は何もなかったとしたら?手に取るもの全てが無意味に思えてたまらない、たとえ誰がそんなことないでしょうって言ったとしても、私にはそう感じられて仕方ない。私の闇は深いぞ。こういうことをずっと考えていると不思議とすぐ眠くなる、でも眠ると朝が来る、朝が来てはダメ、1日が始まってしまうから。生活をしないと人は生きていけないのだ。知ってた?朝起きたら私は4歳で、広い庭のついた一軒家に住んでいて、朝ごはんを食べるとTシャツとショートパンツに着替えて近くの山に遊びに行く。かごと網とポシェットにはノートと色鉛筆を入れる。そこで1日日が暮れるまで遊ぶ。友達、多分近くに住む友達もいて、その子と仲良くしたり、嘘をついたり、見栄を張ったり、好きな人を言い合う。近所のおじさんがなんだか知らないけど食べられる植物を取りに来ていてお菓子をもらう。バラエティパックのちっちゃい羊羹とかまんじゅうみたいなやつ。外は暑いけど森の中は湿っていて手脚に土の汚れがつく。20じゃ何始めても遅いよ、と頭の中の誰かが言う。

6月って好きです

嵐が来る、空気にひそむ春が雨に流される 

地の底に吸い込まれていく、やがて夏が来る

雷が鳴る 雨が地面をたたく、屋根をたたく、車をたたく

形になって表れたものがすべてではない

やがて現れるものたち、形を与えられて苦しんでいるものたち

空は鳴り、大地は唸る

その狭間で生きている私たち

母 兄 

ほんの一時触れ合ったあなたの温かさが少し苦しい

 

雨、雷、自転、公転、宇宙の膨張

キーボードを打つ、暗号化されて電波にのる、無限に増える情報 

 

やがて大爆発が起きてすべてを燃やし尽くして、何もかもがなくなって、そうだそれは私たちがしてきたことだとかすみゆく意識の中で気づく、小さな破壊と再生が大きな破壊と再生に飲み込まれて、ついに、世界は宇宙になった 

 

生きているっていうことがいまだに不思議になることがある 体が生きていることから離れてしまって、脳だけで生きているような気持になる 離れているのは頭か、頭はどこまでも行ける、どこまでも 

 

 

 

 

 

 

喉から手が出てきそう

 20歳、今年21、自分の立ち位置が見えなくなっている。自分が今していることが、未来に続いていくという確かな感触が持てない。未来自体がもともと不確かなものなのだから、それに確かな感触なんてないのかもしれないけれど。なんていうか、目の前にある限られた選択肢の中から、かろうじて妥協できるものを選んでいるだけで、会心の選択ではないし、もっと将来性のある選択肢は別にある(奨学金を借りるとか)世の中金がないとまともに動けない。まして親に金の融資はこれ以上期待できないし、私の見通しが甘くて、父がいまだに金がなかったら借りればいいと考えていることが読めなかった。一回それでカードも止められて今もクレジットカード持てないのに。断てない連鎖、自分の階層からはなかなか抜け出せない。

 

 この手の類のもやもやは掘れば掘るほど出てくる。多分私本当なら偏差値が良くて60とかの高校に行って、高卒で就職する家庭なんじゃないかなあと思う。祖父母が母に教育をしたけれど失敗して(器じゃない)、その母がリベンジを私に託した結果が今に至る。いやはや学歴に特化した教育って怖いですね。収まらないところに収まろうとすると、それは背伸びでも、自分を小さくみせることでも、悲劇が始まる。その中で成功する人もいるにはいるのだろう、でもきっとこの世には報われなかった人がきっとたくさんいる。みんな静かに生きている。

 

 家族について考えると心がズーンと重くなる。ネガティブなものがネガティブなものを引き寄せてしまってネガティブなものを作り出してしまった図をまざまざと見せられて辛い。家族のことってタブーというか、家族を悪く言ってはいけない、悪く言うならそれは虐待とかDVとか貧困とか、明確な形をとった悪しか同意を得られないけれど、そうじゃない、そうじゃないことってたくさんある。別にそれに対して何か声を上げたりしたくはないけど、誰がどう思おうと私はそれを受け入れられない、と思うことはある。いくら触れることを避けても、あるものはある。あるものは、あるんだ。でもその中でいかに光のある方向を見られるかって、それが大事だと、思う。ひたすら光を見つめるんじゃなくて、暗い部分を抱きつつ、それでもなお、光ある方向に進めるか、そこが大切なのだと思う。

 こういうこんがらがってまじめな話を、まじめに語るのは嫌なんだけど、どうすればいいのか、どうすれば、ユーモアは好きだけどでもユーモアって分からない、面白い人は好きだけどタイミング悪い時に冗談を言われるとびっくりするくらい孤独になるじゃん、その瞬間が私は本当に本当にほんっとうに嫌いなんだよ。

 

 京都タワーが、上三分の一は東京タワー風の赤白でその下はスカイツリーみたいな薄めの青でライトアップをしているのはなんなんだ、どういうつもりなんだろう。

 

帰路

 GWにとても楽しいことがあったのでその余韻がふわふわとまとわりついていて、日常も夢の一部みたいに感じられる。うれしいことに今日は休日なので、心置きなく現実と想像の中間層みたいなところにとどまっていられる。幸せだ。

 普段はいろいろ考えたくても、考え始めるとバイトで人との会話が上手くできなくなってしまうし、段取りよく仕事をすることができなくなってしまうので、バイトがある日はあんまりしないようにしている。そのかわりにマンガを読んだりとかラジオを聞いたりしている。仕事に対してはまじめにやろうと思っている。それしかできることがないので他のことは求めないでほしい、いや別に求められてはいないと思うけれど、期待はしないでほしい。5月12日で本屋のバイトが二年目を迎えるんだけれど、振り返れば主にえへへしか言っていないし、二回無断欠勤するし、本はよく落とすし、ギリギリのバランスで人間関係を維持していた、気がする。

 小学校高学年くらいから人間関係は毎日、窯の火を保つみたいな、微妙で目が離せない仕事で、無難無難無難、多くは求めないのでせめて無難、それだけは、と思っている。こう口に出してみるとなんとも味気ない。切なっ。その割には折に触れて人に助けてもらうことがたくさんあって、自分のスペースだけにこもっていたらその人たちに感謝することも、その人たちのために何かをしようとすることもできないのになあ、でもまだ根本的には人に嫌われるのが怖い。人に嫌われて、傷つけられるのがこわい。受け入れられないのが怖い。すみません。多分根っこにある、自分自身が何をして生きていきたいのか、とか、家族との折り合いのつけ方、とか、それが一段落つくまでは人との関係もうまい落としどころが見つからないかもしれないなぁって気がする。自分と他人との関わりだから、自分が定まっていなければ他の人に応えられないのは道理といえば道理な気がする。ともかく、私はそういう性格なんだ。

 収まらないところに無理に収まろうとするのは止めたほうがいいと言われた。自分でももうそろそろそれは止めよう、と思う。足りないところを無理に補おうとするより、いいところを大切にしたほうがいい。それができないのは自分のいいところが分からないからなんだろう。好きなことでもいいんだろうけど、純粋に好きなことって、難しくない?好きだけどもっと上がいるし、とか、好きだけど人に語れるほどその物事を体系的に捉えていないし、とか、そういうことを考えてしまっていた。ぐるぐるぐるぐる、自分で自分を縛ってしまうこれは何なんだ一体。でもなんでそれに縛られてしまうかというと、私は好きなものはただ好きしかない、そこに他人の視線や他者にどう説明するかを挟むと、とたんに訳が分からなくなってしまう。昔からそうですね。好きにやらせてくれ、って思うことがたくさんあった。好きなことをやろうとすると叱られて、好きでもないことを褒められてうんざりして、何かを気ままにやる、っていうことができなくなっていた。本だけはその中で中庸にいたというか、私も好きだし、周りも特に関心を示さないし。その感じが好きなんだ、なのに私はいつの間にか本ですらも好きに読めなくなっていた。おばか。自分の好きなものくらい自分で守れ。村上春樹との出会いは衝撃的だった。村上春樹に出会ってからは村上春樹の本と、村上春樹が読んでいた本、好きな映画、好きな音楽を漁るのに必死になっていた。あまりに偉大な存在は人を無力にさせるんだな。知らずに洗脳されていた。いや向こうはただ本を書いているだけだし、私も心酔しているつもりはなかった。でもいつの間にか存在が自分を侵食していたというか、私も村上春樹みたいになりたい、なれるんじゃないか、みたいなところが意識下にあったと思う。でもそれはあり得ない。人には人のルーツがあるし、生まれた時点で人は唯一無二であり他にはなれない。他人を追いかけ続けているうちはまだまだ甘いな。ユングアドラーフロイトからはいずれ分かれる運命にあった。よき師というものは、進むべき道を見つける力を養ってくれる人なのかもしれない。そこが密室的で風通しが悪いと、危ない宗教団体のようになっていくのだろう。

表に出す、かたちを与える

殻を破れないだけだ。内側を掘ればそこには世界がある。開くことを恐れてはいけない。閉じることは安全だけれど光が見えない。つながりも生まない。ずっと一人で、自分だけ。鳥は一人だけれど寂しくないのだろうか。虫も一人、魚も一人、木も一人、でも決して単体では存在しえない。そういうことが言いたいのではない。これはあくまで自分のこと、自分を通して世界を見ること、自分に合った世界を作る、見つけること。

 

自分が何が好きなのか、何がしたいのか、分からないのがもどかしい。好きなことはもちろんある、でもそれは好きであって私のためのものではない。何もかもが決定打を欠いている、目に映る世界でさえも。ただそこには人がいる、ほんの少しでも関わりがある人がいる、その人たちが生きている。ならばその世界を否定はしたくない。少しつらい。何をしているときが幸せか、幸せな瞬間はもちろんある、でもずっとしていたいことではない。幸せな瞬間のために日々の生活がある、労働がある、それは分かる。世の中の大半の人はそうして生きている。ただ私にはそれがどうしても辛い。ぜいたくな悩み、でも生きているからにはそうしたい。その思いが私の人生をどうにも厄介な方向に転がしている。人生、三分の一、四分の一、それはもう立派な人生、でもまだ物心つく前。表面上に起こっていることと、人生には、別にそんなに関係がないのかもしれない。何をしていても進むときは進むし進まないときは進まない。でもその途上ですばらしい物事を表に出す人と、生活がある人がいて、どうしたらいいのだろう。生活がわからない、かといって芸術も分からない。足元がない、大気に浮かぶチリみたいに方向感覚がない。とりあえず生活は続けないと。

やりたいことがあるならやりなさいとあなたは言った。

ぷかぷか浮いている

 久しぶりにゆっくり書ける。時間はあったんだけれど、日ごろ気を張り詰めているから一人の時はボーーーっとしてしまって、頭をがらんとしてとりあえず換気、みたいな感じだった。

 

 二十年たって、結局元の場所に行きついたような気がする。幼稚園年少のときはすごく内気で、友達がろくにできなくて、仲間に入ろうとしても断られて、一人で折り紙を折ったりビーズをしたりしていたら先生が女の子の輪に入れようとしてくれた。でも正直迷惑だった。いやいや私は一人で寂しくないんで、一回断られてるんで、まあ折り紙も楽しいんで別にそんなに気を使わないでください… って思ったのを覚えている。 で、結局先生の口利きで一旦ピーターパンごっこだかなんだかの仲間には入れてもらったんだけれど、たぶん次の日とかにはもう一緒に遊ばなくなっていた。あとは自分の組に遊ぶ人がいなくて一つ上の組にふらっと行ったら、粘土を型抜きして、そこにビーズとかマニキュアでデコレーションするっていうすごく魅力的な遊びをしていて、そこになぜか混ぜてもらった。でも後で手にマニキュアがついているのが受け持ちの先生に目ざとく見つかって、激しく問い詰められて、自分の帽子の下に隠しておいたさっき作った粘土のありかまで連れて行かされた。よく考えたらそのころからおおよそぼんやり自分の性質って変わっていない気がする。友達も、そのころからみんなでわいわいより、すごく親しい子と二人で遊ぶことのが楽しかった。昔仲良かった子と今は誰とも仲良くないけれど。というか私たち昔すごく仲良かったよね…、っていう元恋人みたいなぎくしゃくした関係になって、友達にすら戻れずに沈黙している。他人と一定以上親しくなるのには、限界があるんだな。こう考えると恋愛も友情も肉体関係が関わってくるかそうでないかだけで、そう違いはないんじゃないか。恋愛ってそんなにいいものだろうか。性をもって一定の境界を超えられるか否かだけなんじゃないかという気がしてくる。最近一人で生活を営むのに限界を感じてきたからもう恋愛とかいいので、結婚したい。でもなんとなく、そのうちぽーんと出会いがあるような予感がしなくもない。求めよ、さすれば与えられん。あっちにいったりこっちに行ったりしたけれど、つまり自分はこういう人間で、相対的に見るとこういう立ち位置にいる、っていうのが再定義された二十年で。ほかの人は学校に行きつつこういうのを自然につかんでいるのかもしれない。みんなこういうことをしつつ部活勉強とかやってすごいね。というかそれが自分の一部なのかもしれない。私の場合こういうことが自分の内側にあることは基本的にない。常に外部にある。内側には決して入らない。だから日常生活の中で外側が内側にあって、内側が外側に追いやられている状態が続くからすごいしんどい。利き手を奪われているようなものだ。かといって、のびのび自由でいられる空間を獲得してもいないので、不完全燃焼の状態がずっと続いている。高校のときだいぶ年配の世界史の先生が、君たちにの心には内側に熱い情熱がありますよね、みたいなことを言っていてそれが妙に心に残っている。世界史Aなのに教科書を無視して自作プリントで世界史B並みの授業をするから当時は訳が分からなくてすごく嫌だったけれど今思えばすごくありがたいしあの先生の授業が一番記憶に残っている。やっぱり圧倒的な教養と熱意を持った先生の授業は自然と記憶に蓄積されて行って、だから環境ってすごく大事だと思う。かといって熱意はあるけれどいまいち学のない先生の授業は、分かりやすいけれど残るものがなくてそれはそれでつまらなかった。高校のみんなは割とそれを嗅ぎ分けていて、授業の内容が浅い先生は結構馬鹿にされていた気がする。先生って毎回同じ授業を受け持つクラスの分だけやって、それを毎年毎年繰り返すのだから途方もない作業だなあ。けっこう病みやすい職業な気がする。さらに子供の容赦ない視線にさらされ続けなくてはならないし。この世のあらゆることだいたい容赦がないから、どんな状況においても耐えのびて抜きんでるものなんてひとにぎりなんだろうけれど。

 

老教授アヤムー

 普段よほど気を張り詰めているのか、たまにの休みになるとボーーーっとして結局何もしない。だいたいゲーム実況を見ているか、それかラジオを聴いている。部屋の掃除気なんてもうすぐ一か月くらいかけてない。床に物が散らかりすぎていて、机の上ももので埋まっていて、まず物をどかさなきゃいけないのが面倒。とりあえず本棚を注文したけれど、届くのが来週だし。火災保険の更新とか区役所に提出する書類とかなんやかんやたまっている。あちゃー。収納がないのにものが増えすぎた。服はだいぶ捨てたんだけどなあ。本も読めていない。うーーーん。

 で、書きたいものが結構溜まっている。

 ・本屋に来た私の在籍している大学の教授

 ・ズルするとなぜかすぐバレて怒られる

 ・心が開けない

 ・やりたいことがない

 ・いろなん人とうまく付き合える人がいるけれど私はそうじゃない、友達の友達なら別

 ・ここのところずっとすごい近距離で飛んでいる鳥をよく見る、鳩カラストンビサギみたいなの、キジバトの鳴き声

 

 本屋に来た大学の教授の話。

 フロアで仕事をしていたらカートを引いた70は絶対に超えている小柄なおじいさんが話しかけてきて、選んだ本を大学に請求書を送る扱いにしてほしいとお願いをしてきた。私がすぐその手続きの書類の記入に向かおうとしたら、「あっそんなに急がなくてかまいません、今しているお仕事が終わってからでいいですよ」ってとても物腰柔らかに言われた。今までそんなこと言われたことがなかったのですごくびっくりした。

 

 いろいろな大学の教授がよく本を選びに来るけれど、だいたい結構態度が悪い。偉そうだったり、ちょっと時間がかかると面倒くさそうにしたり、無茶な要求をしてきたり、閉店間際に大量の本をレジに持ってきたりする。ただその人は、最初から最後まで穏やかで、かつ抜け目がなかった。きちんと名刺を見せてきて、「○○と申します。」と名乗ってきたし、同じ本が2冊あるのを、「同じ本が2冊ありますが問題ありません。」って断ってきた。しかも、名刺を見たら私の在籍している大学の教授で、この大学にこんな教授がいたのかと思った。立ち姿もブレがないというか、すっくとしていて、明らかにただものじゃなかった。持ってきた本が歴史に関係する本ばかりだったので、同僚に史学科の子がいるから、もしかしたらと思ってその人の名前を知っているか聞いてみた。

 

 そうしたらその子の顔がぱあっと輝いて、「アーーーー知ってます!仏ですよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」と返ってきた。その子の話によると、その老教授は、皇族の教育係をしてたことがあるくらい歴のあるお方で、高齢だったのは、定年してから特別に教授として呼ばれたからだとか。主に歴史資料の伝来とか、その管理の仕方とか、文化遺産の研究などをしているらしい。ほとんど著作は書いていないけれど、研究所の所長も務めているから、見えないところで地道に研究を積み重ねてきた人なのだろう。世の中にはこんな人も、こんな生き方もあるのか。毎回授業のときには、過去の授業のプリントのストックを全部持ってきて前に並べて、プリントをもらいそびれた人にもきちんといきわたるようにしているらしい。みんなのアイドルですよ~~~~~とその子は言っていた。

 こういう芯からきっちりとした上品な人に、完璧に育ちがいい人にごくまれに出会う。そうすると、普通にしていても自分の話し方とか身振りとかがはっきり粗野に感じられてドキッとする。世の中には越えられない壁がある。壁というより元素の違いに似て、もうこれ以上変質しようがない限界が見える。越えられるものと、変わりようがないもの、その見極めができるようになるのも大人になるということなんだろう。変えられないものを無理に動かそうとしても心身がすり減るだけだけれど、でも変えられないと思っていたことでも、ジタバタしていたら、いつの間にかスっと壁が消えて向こうが見えているいることもある。うーーーーーん、難しいな。